日本で伝わる七夕は彦星と織姫の天の川での一年に一回の逢瀬に、私たちは笹の葉に 願いをこめる。 ロマンチックな悲話の中に、1年に一回の許された時間が私たちの願いも笹の葉によって 届くと信じてきた七夕。
本当にそれだけなのかと謎が深まる。 わかっていることは、 時代を遡ると七夕には様々な物語りから儀式が生まれ,
室礼に繋がってきていた。
室礼が聖なる儀式だと思うと室礼にのせる想いが倍増します。 七夕の室礼について謎を解く 千夜千冊 812夜 西王母と七夕伝承の一部抜粋してご紹介。
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もともとは7月7日に家々の女たちが綵縷(いろいと)を結んで7本の針に通すという、儀式的な習俗があったのである。
儀式は庭の真ん中に几(つくえ)と筵(ござ)を置き、その上に酒や肴や瓜や果物を供え、「巧」を授かるようにと願った。「巧」とは機織りの巧みさのことをいう。女たちは機織りの技巧の向上を願って、こうした夜を毎年送ったのだ。「几」は七夕飾りの竹にあたっている。こういう風習が遅くとも六朝期には確立していた。
これはようするに「女の祭り」なのである。正式には「乞巧奠」(きっこうてん)という。胡楼安の『中華全国風俗志』などによると、集まる女性は未婚に限られ、準備するものも手がこんでいて、アケビの蔓や色紙や米粒なども几上に盛られ、裁縫道具や紅・白粉なども通過儀礼にさらされるとあった。地方によっては瞽姫(ごぜ)さえ呼ばれることがあるという。
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七夕の一年に一度の逢瀬は、そのハレの日の為に残りをどう生きるか、どうたどりつくか。この記事をみて考えさせられました。
かの国では七夕に雨が降ると、二人は会えて喜びの涙を流していると考えられているのだそうです。だから七夕は雨であって欲しい。
本当に様々な、物語があるのだと思いました。